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2007年09月25日

教皇とは歴史が深いものですね

教皇とは歴史が深いものですね。

教皇(きょうこう ラテン語:Papa、ギリシャ語:πάππας)はキリスト教の高位聖職者の称号で、一般的にはカトリック教会のローマ大司教にして全世界のカトリック教徒の精神的指導者であるローマ教皇を指す。教皇の地位は教皇位(Papacy)、あるいは教皇座と呼ばれる。また教皇の権威のことを「聖座」(Sancta Sedes)、あるいは「使徒座」ということがある。イスラム教のカリフも教皇と訳されることがある。

初期のローマ司教たちはペトロの後継者、ペトロの代理者を任じていたが、時代が下って教皇の権威が増すに従って、みずからをもって「イエス・キリストの代理者」と任ずるようになっていった。「キリストの代理者」という称号が初めて歴史上にあらわれるのは495年で、ローマの司教会議において教皇ゲラシウス1世を指して用いられたものがもっとも初期の例である。これは五大首都大司教座(ローマ、アンティオキア、エルサレム、コンスタンティノープル、アレクサンドリア)の中におけるローマ司教位の優位を示すものとして用いられた。

教皇はカトリック教会全体の首長という宗教的な立場だけでなく、ローマ市内にある世界最小の独立国家バチカン市国の首長という政治的な立場もある。1870年のイタリア半島統一以前には教皇の政治的権威の及ぶ領域はさらに広く、教皇領と呼ばれていた。教皇領の成立の根拠とされた「コンスタンティヌスの寄進状」が偽書であることは15世紀以降広く知られていたが、教皇領そのものはイタリア統一まで存続した。1870年以降、教皇庁とイタリア政府が断絶状態に陥ったため、教皇の政治的位置づけはあやふやであったが1929年に結ばれたラテラノ条約によってようやくイタリア政府との和解を見た。

現在、教皇位にあるのは2005年4月19日に78歳で選出されたベネディクト16世(ヨーゼフ・ラッツィンガー)である。彼は1978年に58歳で教皇に選ばれたヨハネ・パウロ2世の後を受けて教皇に選ばれた。ベネディクト16世は1522年に選出されたハドリアヌス6世以来、ヨハネ・パウロ2世と二代続けて選出された非イタリア人教皇となった。ドイツ人ともオランダ人ともいえるハドリアヌス6世を除外すればドイツ人教皇の誕生は11世紀以来となる。

初代教会の時代から一貫してローマ司教が教皇という特別な地位を保持したわけではなく、ペトロのローマ到着以降、数世紀をかけて徐々に発達していったということはカトリック教徒も含めて広く受け入れられている。古代のローマはローマ帝国の首都として初代教会の信徒たちにとっても特別な場所であった。しかしそのころのローマ司教の権威と影響力はローマの外へおよぶものではなかった。

ローマのクレメンスが96年ごろ、コリントの信徒へあてて書いた手紙にローマ司教の権威に関する言及があり、アンティオキアのイグナティオスも105年ごろにローマの信徒へあてて書いた手紙の中でローマ司教の「裁治権」にふれている。この「裁治権」について、ある者はこれこそが古代からローマ司教が特別な権威を持っていたと考えるものと、単に名誉的なもので実際的な権威はなかったというものがいる。

2世紀(189年ごろ)になって、リヨンのイグナティオスが『異端反駁』3:3:2でローマ教会の首位権について述べている。そこでは「ローマの教会が特別な起源を有し、真に使徒に由来する伝承を保っていることはすべての教会で認められていることである。」この記述は史上初めてローマ教会の特別な地位について明確に述べたものであるが、ギリシャなどの東方地域においてはローマの首位は受け入れられていなかったと考えられる。特にローマ皇帝がローマを離れてコンスタンティノープルに移ったあとでその傾向は顕著となった。381年の第1コンスタンティノープル公会議において教皇が出席を見合わせたのもその地位と権威についてローマ帝国の東西で見解が分かれていたからである。

半世紀後の440年に着座したレオ1世大教皇の時代になるとローマ教皇こそが、イエスから使徒ペトロに与えられ、ペトロから代々引き継かれた全教会に及ぶ権威を持っているという見解が公式に唱えられるようになる。451年のカルケドン公会議ではレオ1世は使節を通して「自分の声はペトロの声である」と述べた。当時ローマとコンスタンティノープルどちらかの権威が上なのか議論になっていたが、この公会議の席上、コンスタンティノープル大司教は「コンスタンティノープルは新しいローマ」であるため「名誉ある地位をローマに譲るものである」という声明を出したが、ローマ側から事の判断をうやむやにしているという意見が出て受け入れられなかった。

カトリック教会では伝統的に教皇の地位と権威が聖書に由来するものであるとしている。特に重視されるのはマタイによる福音書の16:18-19のイエスのペトロに対する言葉である。

「シモン・バル・ヨナ。お前は祝福されたものだ。このことは血と肉によってでなく天におられる父によって示されている。わたしは言う、おまえは岩(ペトロ)である。この岩の上に私の教会をたてよう。死の力もこれに勝つことはできない。わたしは天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐものは天でもつながれ、地上で解くものは天でも解かれるのである。」

この箇所から「天国の鍵」のデザインが教皇の紋章に取り入れられている。

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